戦争一覧
ナポレオン戦争の一覧・年表
ナポレオン戦役・会戦を年代順で整理し、各戦闘ページに接続します。
★の数はこの戦いの重要度を示す(5段階・編集部評価)
1796–1797
第一次イタリア遠征
1800
第二次対仏大同盟
1805
第三次対仏大同盟
1806–1807
第四次対仏大同盟
イエナ=アウエルシュテットの二重会戦(1806年)— 決定的な戦いは、皇帝がいない方で起きた
同じ日に20km離れて起きた二重会戦。ナポレオンはイエナで「主力と誤認した副次軍」を圧倒する一方、北のアウエルシュテットではダヴー1個軍団がプロイセン真の主力を2倍の劣勢で撃破した。分権で粘り強い仏軍団制と、首脳の負傷で即崩壊した中央集権・老齢プロイセン指揮の対比を構造分析する。
アイラウの戦い(1807年)— ナポレオンの「方法」が初めて決着をもたらせなかった日
4連勝の後、ナポレオンの機動的方法が初めて「決定」をもたらせなかった会戦。吹雪が視界と機動を奪い、オージュロー軍団は雪中で敵砲列に迷い込んで半壊、ロシア軍は崩れず、追撃もできなかった。ミュラの史上最大級の騎兵突撃が崩壊を救ったが、それは勝利ではなく生存だった。アウステルリッツの「敵を動かす」方法の対極=正面の殺戮戦を構造分析する。
フリートラントの戦い(1807年)— 条件が戻ったとき、ナポレオンの「方法」は完成形に帰った
アイラウで空転したナポレオンの方法が、4ヶ月後・同じ敵ベニグセンを相手に完成形へ帰った会戦。夏の好条件と、アレ川を背に半渡河したベニグセンの失策を、ナポレオンは死の罠に変えた。ランヌの半日に及ぶ拘束、セナルモンの攻撃的集中砲兵で敵主力を川へ追い落とし、第四次対仏大同盟をこの一戦で終わらせた(→ティルジット)。
1809
第五次対仏大同盟
1812
ロシア遠征
1813
第六次対仏大同盟
1815