ロシア · 第1軍(右翼・中央)
バルクライ・ド・トーリ

スコットランド系の家系に生まれたロシアの将。1812年前半、退却と焦土戦術でナポレオンを内陸へ引き込む戦略を主導したが、世論の批判を浴びてクトゥーゾフに総司令を譲った。ボロジノでは第1軍を率いて右翼・中央を支え、後年その退却戦略の正しさが認められる。
登場する戦闘
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1812-09-07
ボロジノの戦い(1812年)— 史上最も血なまぐさい一日が、決定的勝利を生まなかった理由役割:第1軍・右翼/中央
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1813-10-18
ライプツィヒの戦い(1813年)— 中心を握る天才が、連合の数に包み込まれた「諸国民の戦い」役割:ロシア軍(ボヘミア軍の主力)