フランス · 第III軍団指揮官
ルイ=ニコラ・ダヴー

「鉄の元帥」と呼ばれた、ナポレオン軍で最も信頼された執行者。規律と実務能力で群を抜き、皇帝の不在下でも独力で勝てた数少ない将軍である。
その価値が最も鮮明に出たのがイエナ=アウエルシュテットだった。皇帝が主戦場を取り違えた北方で、ダヴーは2倍のプロイセン主力を単独で撃破した——「皇帝なしでも機能する」軍団制の設計が、最良の形で具現した瞬間である。アウステルリッツでも右翼で敵の攻撃を受け止め、誘導の罠を成立させる要を担った。
登場する戦闘
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1805-12-02
アウステルリッツの戦い(1805年)— 敵を動かして勝つ「状況設計」の最高傑作役割:第III軍団(右翼の鉄の盾)
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1806-10-14
イエナ=アウエルシュテットの二重会戦(1806年)— 決定的な戦いは、皇帝がいない方で起きた役割:第III軍団(アウエルシュテットを単独で制す)
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1807-02-08
アイラウの戦い(1807年)— ナポレオンの「方法」が初めて決着をもたらせなかった日役割:第III軍団(ロシア左翼を圧迫)
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1809-07-06
ワグラムの戦い(1809年)— ナポレオンの「方法」が芸術から消耗戦へ転回した日役割:第III軍団(決定打=墺左翼マルクグラーフノイジーデル)
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1812-09-07
ボロジノの戦い(1812年)— 史上最も血なまぐさい一日が、決定的勝利を生まなかった理由役割:第I軍団(左翼包囲を具申するも却下)