フランス · 第VI軍団指揮官
ミシェル・ネイ

ザールルイ(仏独国境)の樽職人の子から元帥に昇った、ナポレオン軍の象徴的な猛将。「勇者の中の勇者」と呼ばれ、後衛戦と前線突撃で無類の闘志を見せた。
だが本サイトの視点では、ネイの強さと弱さは同じ性質から来る。戦術的な突進力は最高でも、全体との連携と独立した判断を欠くのだ。ワーテルローでは歩兵・砲兵の支援を欠いた騎兵だけの突撃を繰り返し、崩れた設計を執行で取り戻せなかった象徴となった。個人の勇気が、システムの欠落を埋められなかった一例である。
登場する戦闘
-
1806-10-14
イエナ=アウエルシュテットの二重会戦(1806年)— 決定的な戦いは、皇帝がいない方で起きた役割:第VI軍団(イエナ)
-
1807-02-08
アイラウの戦い(1807年)— ナポレオンの「方法」が初めて決着をもたらせなかった日役割:第VI軍団(夕刻に到着)
-
1807-06-14
フリートラントの戦い(1807年)— 条件が戻ったとき、ナポレオンの「方法」は完成形に帰った役割:第VI軍団(決定打=バグラチオン左翼)
-
1812-09-07
ボロジノの戦い(1812年)— 史上最も血なまぐさい一日が、決定的勝利を生まなかった理由役割:第III軍団(フレーシュへの突撃)
-
1813-10-18
ライプツィヒの戦い(1813年)— 中心を握る天才が、連合の数に包み込まれた「諸国民の戦い」役割:北翼(ブリュッヒャー・ベルナドットに対峙)
-
1815-06-18
ワーテルローの戦い(1815年)— 天才一人に依存したシステムが、冗長性を失って崩れた日役割:戦術指揮(無連携の騎兵突撃)